浄土真宗親鸞会 岐阜

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浄土真宗親鸞会 降誕会特集

 古より、仏教を伝えられた方は多くありますが、私たちがとりわけ親鸞聖人のご生誕を寿がずにおれないのはなぜでしょうか。
  聖人90年の波乱のご生涯を追慕しながら、古今のすべての人々に弥陀の大悲を開顕してくだされたご遺徳を、ともに仰ぎましょう。

 

29歳 雑行を棄てて 本願に帰す 

 重い足取りで京の都をさまよう聖人は、四条大橋で、比叡山での旧友・聖覚法印に出会われます。誘われるままに吉水の草庵で法然上人に巡り会い、初めて聞く真実の仏法・阿弥陀仏の本願に驚かれました。

 阿弥陀仏は、「どんな人をも必ず助ける。苦悩の根元である無明の闇(後生暗い心)を破り、この世から未来永遠の幸せにしてみせる」と誓われています。
  法然上人のご説法を、雨の日も風の日も真剣に聞かれた聖人は、ついに、阿弥陀仏の大願業力によって、信楽(絶対の幸福)の身に救い摂られたのであります。

 そのことを、
「愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に帰す」(教行信証)
と書き残されています。聖人29歳の春でした。

「ああ、不思議なるかなや、不思議なるかなや。弥陀五劫思惟の願は、親鸞一人がためなり。多生にもあい難い本願力に、今あえたり。億劫にも獲難き真実の信心を、今獲たり。本願まことだった。まことだった」

 かくて信心決定なされた聖人は、『こんな極悪の親鸞を助けたもうた阿弥陀如来の大恩は、身を粉に、骨を砕いても足りない』と、弥陀の本願ただ一つ、叫び続けていかれました。

 聖人90年の不惜身命のご活躍の原点は、ここにあったのです。

京都 岡崎
京都・岡崎の桜

 

31歳・34歳 肉食妻帯と三大諍論

 31歳の時、恩師・法然上人のお勧めにより、公然と肉食妻帯(魚や獣の肉を食べ、結婚すること)されました。

 苦悩の元を煩悩と教える天台宗や真言宗などの仏教では考えられないことで、当時、僧侶の肉食妻帯は、仏教界のみならず、世間でも大問題でした。

 京都の町は騒然とし、聞くに耐えぬ悪口雑言が浴びせられました。
「仏教を破壊する悪魔」「仏敵」「色坊主」「堕落坊主」「破戒僧」など、あらゆる非難の的となられましたが、すべての人間が、ありのままの姿で救われるのが本当の仏法であることを明らかにするために、あえて断行されたのです。

 34歳の時には、弥陀の救いを明らかにするために、同じ法然門下の法友と、三度大論争をなされました。今日「三大諍論」といわれています。

 中でも、善慧房と、肉体を持ったままで往生できるかどうかで論戦した「体失不体失往生の諍論」では、断固、生きたままの往生(不体失往生)を貫かれています。

 弥陀の救いは、死んでからではない。生きている現在、この世から永遠の幸福に救ってくださるお約束であることを、親鸞聖人は鮮明にされたのです。

 その教えは今日、「平生業成」(へいぜいごうじょう:平生に人生の目的が完成する)といわれています。

 

35歳 一向専念無量寿仏の強調で流刑に

浄土真宗親鸞会 長良フォーラム