浄土真宗親鸞会 岐阜

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親鸞学徒の声(1)

本当の人生はこれからです 

 生きる意味について真剣に考え始めたのは、中学生の時に受けたいじめがきっかけでした。毎日のように「死ね」「おまえはカスだ」と言われ、私が触ったプリント類は受け取ってもらえず、ばい菌のように扱われました。
「私は生きていても意味のない人間なのだろうか」
「こんなに苦しいならいっそ死んでしまいたい」。
  生まれてきたことをのろい、ベッドの中で一人うずくまって、泣いてばかりの日々でした。

 高校では、いじめはなくなったものの存在の空虚さを埋めることができず、生きる意味を探し求めて哲学書を読みふけりました。
  しかし、答えはどこにも書いてありません。「人生は無意味」というニヒリズムを克服しうる思想はなかったのです。人生に意味はない。私にはつらすぎる結論でした。

 この現実を忘れるため、受験勉強に打ち込むようになりました。勉強に集中している時は目の前の問題を解くことに夢中になり、存在のむなしさを紛らわすことができました。

親鸞会 岐阜

 しかし、受験が終わった途端、またむなしさが込み上げてきました。「私はこれから、どうすればいいのだろう」。そんな時、親鸞聖人のみ教えと出遇ったのです。
「人生には、これ一つ果たさねばならない目的がある」。力強い話に心を打たれながらも、「こんな人生に本当に意味があるのだろうか」と疑いでいっぱいでした。
  しかし続けて聞いていくうちに、「何のために生まれてきたのか。生きているのか。どうして苦しくとも自殺してはならないのか」という人生の尊い目的を明らかに知らされる日が来たのです。

 この身の幸は何に例えられましょうか。今まで生まれてきたことをのろい、苦しんできた。「いっそ死んでしまいたい」と泣いた日々もあった。それでも、死ななくてよかった。生きてきてよかった。
  中学のころ、私を傷つけ苦しめる人がいなければ、人生の意味を探し求めることもなかったでしょう。今までの苦しみはすべて、この教えに遇わせていただくための如来のご方便であったのではないか、と感謝せずにおれません。

 仏法に出遇って、私の本当の人生は、始まったばかりです。


(1)本当の人生はこれからです
(2)自信いっぱいの断言に引かれ

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